ゼン　デート

今ファーレイの社内では、ゼンに彼女がいるという噂でもちきりだ。従業員たちが言うには、ゼンはある女性に電話をする時だけ、妙に優しくて慈愛に満ちた話し方をするみたい。

普段は愛想笑いの一つもしないゼンを思い浮かべ、急に気になってきた。一体どんな女性が彼をそこまでさせるのだろう。

こんな愛にあふれたゼンは見たことない。時間を止めて動物を助けるゼン、自分が濡れても傘を渡してくれるゼン、そして、電話の向こう側の人物と優しく話をするゼン……一体どれが本当の彼なの？

雨に濡れたゼンは、何だかびしょ濡れになった猫みたいに弱々しく見えた。ゼンの優しい一面を思い出して彼を慰めたつもりだったけど、この笑みはどういう意味なんだろう……

私が取材するの？いやというわけではないけど、カメラの前に出るのはあまり気が進まなくて。

それに、服も髪も取材向けにきちんと整えているケンさんに比べ、今日の私のメイクは適当。誰も気が付かないといいんだけど･･････

今日に限って腹痛がひどい。何でもするから今すぐ治って……！本当に何もかもメチャクチャ。どうしていつもこうなってしまうの！

ケンさんがあまりに騒ぐから、最初はどんな大変なことが起きたのかと冷や汗が出た。

ゼンが笑顔を見せたくらいで、あんなに大げさに騒がなくても。

どうやらこの前、ゼンに言ったことが効いているみたい。思いつきで言った私の言葉なんて、ちっとも気にしないと思っていたのに、いつの間にか、従業員に笑顔を見せて話すようになったなんて……

待ちに待った、よく晴れた休日がやってきた。

こんないい天気の休日を無駄にはできないと、用事を詰め込んでいた。しかし私の理想の休日は、ケンさんからの電話で台無しにされる。逆らうこともできず、私はファーレイに手伝いに行くしかなかった。

私はこき使われる運命から逃れられない。ケンさんの書類整理を終え、ようやく休日を楽しめると思っていた矢先、ゼンにまで手伝いを押し付けられてしまった。彼へのささやかな仕返しに『特製コーヒー』を淹れると、美味しいと言ってくれて……まさかゼンは味覚がおかしくなってしまったの？

私はファーレイに入ってすぐ、異様な雰囲気に気が付いた。ケンさんが、ゼンの機嫌が悪いから気をつけるようにと忠告してくれる。

報告は全くうまくいかず、何回もゼンの電話で遮られてしまった。ゼンは私に、夜に自宅まで報告しに来るように告げる。

ビクビクしながら何とか報告を終えると、ふとリビングのピアノが気になった。ゼンはご褒美として私にピアノを弾かせてやると言う。どこの世界にそんなご褒美があるの……？

アンナさんが私にチャリティーパーティーでテレビ局の有名ディレクターと一緒に踊るように勧めた。会社のプロデューサーとして今後の提携を考えると、迷っている暇はなさそうだ。

ダンスに自信のない私が途方に暮れていると、思いがけずゼンがダンスを教えてくれることになった。ゼンの指導があれば恥ずかしい思いをすることもないはず。

ゼンは真剣にダンスを教えてくれたが、不器用な私は目も当てられないほどだった。しかし意外にもゼンは辛抱強く教えてくれた。不思議だったのは、ゼンがとても嬉しそうだったこと。私がディレクターと踊るのがそんなに嬉しいのかな？

海外出張になった私は、空港で偶然レオに会った。彼の提案で、私たちは道中一緒に行動することに。

けれど、私は乗務員にゼンのところへ連れて行かれてしまった。ゼンは私とレオが仲良くすることを快く思っていないみたいで、私がエコノミークラスの席に戻ることも許してくれない。いったい何を勘違いしているの。

ゼンがブランデーを飲んでいるのを見て、私も飲んでみたいと言うと強く反対された。この人はいつも勝手に私のことを決め付ける。けれど、気流の乱れで飛行機が揺れると、彼は怖がる私の手をしっかりと握って不安にならないように気遣ってくれた。ゼン……あなたは、本当はどういう人なの。

2ヶ月でフランス語をマスターしろだなんて、何を言っているのか全く理解できなかった。

だけど、そんな無理難題でも頑張ってやってみようかな。ここで努力することで、いい結果に結びつくかもしれないし。

ゼンがディナーパーティーに誘ってくれるのは好意的な配慮だってわかっている。だけど、私の頭はフランス行きのイベントでいっぱい。ゼン、見てなさい！

やった！本当にフランス行きを獲得した！！ここ数か月、徹夜までして頑張った甲斐があった。それにしても、ゼンはモチベーションの上げ方を本当に分かってない。プロジェクトを私に任せると言いつつも、別れ際にしっかりとクギを刺すんだから……

ゼンには私のささやかな楽しみを台無しにする能力があるらしい。ちょうど私がイチゴアイスを食べようとしていたその時、彼からの電話が私を現実へと引き戻したのだった。

きっとかけ間違いだろうけど、ゼンはいつもと様子が違っていた。彼は「会いたい」と言ったのだ。気持ちのこもったその声には、誰もが魅了されてしまう魔法があるみたいで……

ゼンと顔を合わせたくなかったけれど、エレベーターで出くわしてしまった。今朝の電話の事を尋ねながら、あの言葉が頭に浮かび、どう話せばいいかわからない。自分の気持ちを表現する大切さや、ゼンの彼女は綺麗で優しい人なんだろうなと伝えてみると、彼は不機嫌そうな表情をした。

クルーズ旅行なんて夢みたい！なんて思っていたら、ゼンが忽然と姿を消してしまい･･････

楽しんでいる会社の子たちを邪魔しないよう、私は一人でゼンを探しに行った。あちこち探しまわっていると、彼がプールサイドで雑誌を読んでいるのを見つける。彼の顔を見ると起こる気にはなれず……。

何だか今日のゼンは人が変わったようだった。些細なことにも気を抜かない仕事一筋のCEOとはまるで別人。CEOの肩書から外れたプライベートでは、優しい心があり、冷たい見た目に反した温かな一面があるのだ。

嵐のせいでフライトがキャンセルされてしまった。私は空港のホテルに部屋を取ったけれど、そこで部屋を取れず全身ずぶ濡れになったゼンに会った。私の部屋で服を乾かすように言うと、彼は少し迷ったが首を縦に振った。

外の雨音を遮るために私は音楽をかけた。意外なことに、ゼンは一緒に音楽を聴くという私の誘いに乗ってきた。二人の距離が次第に縮まっていくけれど、彼は気にしていないようだ……彼が心の中で何を考えているのかわからない。好きなのだろうか、嫌いなのだろうか？

雨がますます強くなり、突然部屋の明かりが消えた。暗闇の中で震えていると、力強い手が私の手を包んだ。ゼンだ。彼は小さな声で私を励まし、私の腰に腕を回した。それは、これまで経験したことのない優しさだった。外の雨風はますます強くなっているが、彼の低い声と暖かい手が私の心を落ち着かせてくれた。

ゼンの家のプールにやって来た。でもどうしても水には入りたくない。ゼンの視線に脅されて、なんとか勇気ある一歩を踏み出したけど･･････

ゼンは浅い場所で感覚をつかむように言って、私に浮き輪を渡した。こんな子供っぽい絵柄の浮き輪、使いたくない！

怪談話で全を怖がらせようと思っていたのに、私の方が怖くなってしまった。しかも彼に思いきり笑われてしまう始末。私の自尊心を取り戻すためにも、何としてもこのバカンス中にゼンが怖がるものを見つけなければ！

海辺の崖にガラスの桟橋が新設された。広告の写真を見ているだけでも足がすくむ。それでも決死の覚悟で一緒に行くことにしたゼンと私。けれど、またしても計画が台無しになるなんて思ってもみなかった。

崖から下りてくると、ビーチは人でごった返していた。そこでゼンはクルーザーで私を近くの無人島でと連れて行く。その島には怪奇伝説があり、その噂通り、突然の激しい雨に見舞われてしまった。ゼンの肝試しをするせっかくのチャンス、もう逃すわけにはいかない！

クリスマスには帰国する予定だったゼンの出張が長引き、私は失意のどん底だった。追い打ちをかけるように、彼は業務報告書を予定を繰り上げて提出するよう言ってきた。歯を食いしばってやるしかない。

報告書を提出したご褒美として、ゼンは私にロンドン行きの航空チケットを手配してくれた。そして彼に連れられて来たバラ・マーケットで、食いしん坊としての欲求を大いに満たすことができた！

市場を散策した後、ゼンにあるクリスマスプレゼントを買いに行くことにした。別行動はほんの1時間だったけれど、彼は心配して電話をかけてくれて、私の買い物に付き合ってくれた。

通話中にゼンの携帯の充電が切れてしまったため、急いで約束の場所に向かったところ、彼は電話ボックスから電話をかけていた。そこで私は迷子になったと言ってからかい、彼の慌てる様子を観察した。

世界的に有名なフレアサーカス団が、もうすぐ恋花市で公演をする。けれど、チケットが手に入らなくて！絶望する私を、ゼンが公演2日前に誘ってきて。

海外から帰国したばかりのゼンは、公演を見に行く途中、渋滞で車が止まっている間に目をつむってウトウト。私は自分のコートをそっと彼にかけてあげる。目を覚ましたゼンは私が風邪を引くことを心配し、無理やり彼のマフラーを私に巻いた･･････

サーカス団の公演は終わったが、夜のお祭りは始まったばかり。私はゼンを引っ張ってサーカス団が様々な手品用品、オモチャ、軽食を販売しているストリートに向かった。そこでバラの花を売っているスタンドを見つけ、私の頭にある考えが浮かんだ……

暗闇の中で目を覚ますと、私の首筋に血の色をした印があることに気付いた――伝説の「吸血鬼の口づけ」だ。

災いを恐れた町の人たちによって私は吸血鬼の「花嫁」という名の生贄にされ、「結婚式」が執り行われた。荒れ果てた墓地の中、私は夢で見た男性――吸血鬼と遭遇する。

見知らぬ町で眠りから覚めた私は、そこでしばらく暮らすことにする。それからというもの、毎日のように吸血鬼の悪夢にうなされた。「吸血鬼の口づけ」を解くために、再び墓地で吸血鬼を探すことに。